もしも「どこでもドア」が発明されたら、タクシーや電車や飛行機はどうなるのか

本日見ていた気になる記事。
フランスでタクシー運転手らが「Uber」車を襲撃

これは新たな課税と「Uber」などの企業による新手の競合サービスに対しての、タクシー運転手の抗議のひとつとの事。
ちなみに「Uber」とはスマートフォンアプリを使って迅速に車を呼べる便利なサービスです。

襲撃にも驚きましたが、その他に驚いたのは下記のような規則。

タクシー業界のロビイストは12月、Uberのようなサービスに対し、実際に乗客をピックアップするまでに最低15分間の待ち時間を課す規則を設けることで大きな勝利を得た。この規則は、同国で1月1日から施行されている。

利用者が迅速に車を呼べるのはフランスのタクシー運転手にとっては都合が悪いので、規則で最低15分間利用者に待たせるという…利用者の利便性は無視された内容となっています。
ちなみに、日本で六本木限定で提供されているUberのサービスにおいては、タクシー会社と提携した車だそうです(2013年11月の時点では)※参考記事はこちら

自分達のサービスの向上でも変更でも新サービスとの協力でもなく、自分達は既存のまま便利な新サービスへの制限を規則で設ける。これは正しいのでしょうか。

もしも「どこでもドア」が発明されたら

極端ですが、もしも「どこでもドア」が発明されたら、タクシー会社だけでなく鉄道会社や航空会社はどうなるでしょうか。

「法律で禁止すべきだ!」という人がいるかもしれませんし、どこでもドアを使うためには申請させて、長い時間待たせるようなシステムにするかもしれません。

そこで生き残るためには本来は何をすべきなのか。
目的地に着くという「目的」は一緒なのですから、そこに辿り着くまでの「過程」を楽しませるようになるとか…いろいろ想像できるかもしれません。
観光地で時間がかかるのに人力車を使う、世界を巡るのに時間がかかるけど豪華客船を使うという事もありますし。それらは目的地に着く事が目的であったとしても、楽しみの主体は移動の過程の方となっています。

ただ、本当に存在価値が無くなってしまった物は、無くなってしまうのでしょう。

逆に、どこかのタクシー会社や鉄道会社や航空会社が「どこでもドア」を発明、もしくは研究に協力して推進すれば、そこは生き残れるのかも。

次の時代に何を価値にできるのか

デジタル音源が普及してもCDが売れる場合があります。
CD自体に音源以外の価値を持たせたり、CDを手にするまでの過程に価値を持たせたり、その方法は様々。
電子書籍が普及しだしてくると、今後は書籍において同じ様な方向に向かうかもしれません。

馬車の時代に自動車が普及しだした頃、馬具メーカーだったエルメスが鞄や財布などの皮革製品に軸足を移したように、元々の技術を他に活かすとか。
フィルムカメラからデジカメへ以降する時代に、フィルムメーカーがフィルム以外の他の記録メディアを扱いだしたように目的へのアプローチを変えるとか。

「どこでもドア」は極端ですが、似たような事は結構身近に起こりうるかも。

上記の過去の事例を鑑みて、もしも自分が現在お金にしている仕事の価値が無くなりそうな時に考えておきたいは次の3つ

  • 今の価値を別の角度から違った価値へ変換できないか…人力車・豪華客船の例
  • 今の価値を別の価値へ流用できないか…エルメスの例
  • 今後置きかえられる価値へ移る事はできないか…フィルムから他の記録メディアへ移行する例

今後何が起こったとしても、次の時代にしっかり合わせられるように準備はしておきたいと思います。


コメントは受け付けていません。